
2008年6月27日
サントリーレディス初日、17番グリーンで上田桃子のパット
白いキャップに黒い喪章がつけられていた。
6月15日。プロゴルファーの上田桃子は22歳の誕生日を迎えていた。サントリーレディス最終日。父の日でもあった。父・功一さん(52)も観戦していた。父にも優勝をプレゼントしたい。
上田にはしかし、もうひとつの思いが強くあった。それが、喪章にこめられていた。
師匠の江連忠プロの父・輝男さんが心不全で4日に亡くなった。70歳だった。
3月、入院中の輝男さんを見舞っていた。「サントリーレディスで会いましょう。優勝トロフィーをプレゼントしますから」。最後にかわした約束だった。
「天まで優勝を届けたい」。上田は自分自身にプレッシャーをかけた。
巨人の長嶋茂雄元監督がプレッシャーについてよく口にしていた。「プレッシャーというのは、重荷に感じるものではなく、楽しむものですよ。そうならないといいプレーはできない」
彼女がその域に達していたかどうかは分からない。が、プレッシャーを力にしていたのは確かだった。「アメリカで、口にできないほど苦労してきた。それが、私の身についているはずです」。こうも言った。「この六甲国際は私のホームコース。ここで、一番練習したのは自分です」
楽な試合ではなかった。最終日は首位・大山志保と2打差の2位でスタートした。短いパットをはずす場面もあったが、最終18番ホールでは7アンダーで並んでいた。
「プレーオフを覚悟していました」と振り返る。
第2打で、一度はピンチに立たされた。グリーンを捕らえた打球が傾斜でエッジまで戻された。残り20ヤード。「イメージがわかなかった」と言う。時間をかけた。ピッチングウエッジを選択した。「落とす位置が浮かぶのをまった。5、6メートルの地点にポイントがみえた」。この瞬間、雑念は払われ、プレッシャーは力に変わった。ピンそば、20センチに寄せた。
このプレーが大山の心をわずかに揺さぶったのだろう。1メートルのパーパットを決められない。カップに嫌われた。
上田は落ち着いてパットを沈め、勝負は決した。しゃがみこみ、左手でどうにか体を支えている。涙がポロポロとこぼれ落ちた。大山も悔し涙をこらえることができなかった。勝者と敗者が抱き合った。
「父の日、自分の誕生日でしたが、私の中では、江連さんのお父さんとの約束の方が大きかった。大事な約束でしたから」
彼女のブログのタイトルは「待ってろ世界」である。今週は26日からメジャー第3戦、全米女子オープンに挑む。
「アメリカでもっともっと精神的に強くなりたい。アメリカで勝たなきゃあだめです」
米ツアーでの悔しさを再び口にした。「予選落ちした試合も確かに悔しいんですが、優勝争いをしながら、最後にくずれた試合の方が悔しいですね」。それほど、優勝を貪欲(どんよく)に狙っている。
その資格があることを、彼女はサントリーレディスでみせてくれたように思う。期待され、自分にもプレッシャーをかけ、それでも勝利を手にした。勝負どころで、すべてを自分の「磁場」に引き入れることができた。
超一流のアスリートは「ゾーン」にはいる瞬間がある。マリナーズのイチローは「センサーが働く」と表現する。スピードスケートの長野五輪金メダリスト・清水宏保は「周りが真っ白になって、音が聞こえず、時間がスローモーションで流れていく」と「ゾーン」の世界を説明する。
上田の最終18番のアプローチは「ゾーン」の世界を感じさせるプレーだった。
誕生日も、父の日も、喪章も「ゾーン」に入るためのツールだったともいえる。
追いつめられた場面で、自分の力をすべて引き出せるようになった上田桃子を、本当に「世界」が待っている。全米女子オープンでの戦い方を、楽しみに見守ろうと思う。(編集委員)