2008年7月19日
夏は高温多湿なので食品が腐敗しやすいといいますね。実際、食中毒などもよく発生しているようですが。
「昔の人は腐敗なんてことばは遣わず、物が傷(いた)む、傷みやすい、と言った。明治大正あたりまでが背景の噺であれば、そういう言い方をしないと時代が感じられない。しかし『傷む』も半死語状態だから、『腐(くさ)る』と言わなければ通じにくいのかな」
そうでしょうね。若い人ほど「傷む」では実感がないかも知れません。腐るとか腐敗するでは、たしかに直接的すぎますけどね。
「ことばが端的になるのは必ずしも悪いことではないが、余白と趣きの乏しいことばばかりになってしまうと落語は成り立ちにくい」
腐った食品を口にする噺がありますね。『ちりとてちん』と『酢豆腐』ですか。
「『酢豆腐』のほうがオリジナルだが、近ごろは改訂版ともいうべき『ちりとてちん』のほうが演じられる。ましてテレビドラマの題材になってからは一層だね」
『酢豆腐』が江戸版、『ちりとてちん』が上方版ということではないのですか。
「そうではない。『酢豆腐』は夏の盛りに若い連中が集まって一杯飲む相談をしている。昨日の豆腐はどうした? という話になる。暑いのに密閉した場所に置いてあったのですでに腐敗をしていて刺激臭が強い。それを町内のキザ男に珍味と偽って口にさせる噺だ。キザ男は七転八倒するが知ったかぶりのプライドを失わず、これは酢豆腐というものだと命名する。もっと召し上がれと言われて『いや、酢豆腐は一口に限る』とまだ知ったかぶってサゲになる」
だいぶ『ちりとてちん』とは違うプロットですよね。
「腐った豆腐と偽って口に入れさせるという、いわば大人のいたずらは共通だが、そこに至るプロセスは似ても似つかない」
『ちりとてちん』では前半にとてもお世辞のうまい人が登場して、後半の無愛想で知ったかぶりばかりする男が、懲らしめを兼ねて腐った豆腐を食わされますね。台湾の珍味「ちりとてちん」という触れ込みで。
「サゲもどんな味だったと問われて『腐った豆腐みそ』という、ひねくれた知ったかぶり男にしては素直な反応だ。この二つの噺はね、江戸版の『酢豆腐』が先にあって、それを三代目柳家小さん門下の小はんが『ちりとてちん』に改作したのだそうだ。小はんは一時大阪の寄席に出ていた時期があった。そこで『ちりとてちん』が上方落語と東京の小さん系統の両方に定義したのだ」
かなり珍しいケースですね。私は上方の『ちりとてちん』が東京の柳家系に伝わったのだと思っていました。
「落語東西の交流にもいろいろなケースありさ。『酢豆腐』は夏の季節感が強調されるが『ちりとてちん』は対照的な二人の男の性向を描くのが主体なので、特に夏であることは強く表現されていない。まあ時間がたてば冬でも腐敗はする。都市の冬が暖かくなってきた近年はなおのことだよ」
『酢豆腐』と『ちりとてちん』、どちらがおもしろいですか。
「どちらとも言えないね。噺の性格が違ってしまったから比較しても仕方がない。陽気で無邪気で、ちょっと色っぽい、また若い者が生き生き働くのが『酢豆腐』。キザ男の変態ぶりもおもしろいし、その通人(つうじん)きどりのスノビズムが風刺されているが、通人という存在が今や骨董的になったね。『ちりとてちん』のほうが、世辞男と無愛想男の対比なので時代を超越しているし、知ったかぶりへの戒めはいっそうきついが、噺に若さの魅力は少ない。わかりやすさは『ちりとてちん』にありかな。演者の個性次第で選ぶ噺だとも言えるね」
それにしても腐った豆腐の色や匂いの形容、口に入れたあとの騒ぎは大げさで笑わせますね。
「昔はすぐカビが生えたりするので、落語を聴く人にも腐敗物の実感があった。今は少し絵空事めいて演じられ、また笑われているのではないだろうか。時間がたてば腐るのは自然なことだが、今はそれを防止する手段がいろいろあるし、製造年月日の表示などもやかましい。昔にくらべて食中毒も減少しているのだろうけど、その”不自然な”実態が別種の落語を生みだしかねないほどだね。こちらの方が問題としては深刻かも知れないよ」
落語プロデューサー
1942年、東京生まれ。ソニー・ミュージック(旧CBS・ソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の『圓生百席』や古今亭志ん朝の作品など、数多くの落語レコード、CDの制作を手がけてきた。
有楽町で開かれている『朝日名人会』に加え、06年4月に浜離宮朝日ホールを舞台に始まる『朝日いつかは名人会』をプロデュースする。
『落語博物誌』(弘文出版)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『古典落語CDの名盤』(光文社新書)など、落語に関する著作も多い。