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「叱る上司」と「怒る上司」 人材を伸ばす人心掌握術

AERA:2008年7月14日号

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 昔はたくさんいたコワ〜い職場の上司。いつの頃からか姿を消した。とはいえ、このご時世、昔懐かしの「鬼軍曹」気取りはトラブルのもと。「ほめられて育った」世代の心にも響く「叱り上手」のワザを拝見。(AERA編集部 太田匡彦)

 しばらく、目線をあげていなかった。

 埼玉県富士見市の「渡辺住研」本社。その社長室で、渡邉毅人社長(37)は傍らに社員を立たせ、叱っていた。声をあららげず、淡々と諭す。その間、決してその社員と目を合わせない。普通、叱られている方が怖くて、相手の目を見られないもの。だが、叱っている側の社長が目を合わせようとしないのだ。渡邉社長はいう。

 「本気で叱るときは、相手の顔は見ません。愛情があるから叱っているわけで、相手の申し訳なさそうな顔を見ると情がわいて、叱れないんです」

 埼玉県を中心に賃貸仲介業を営む、社員約80人の会社。渡邉社長は「怖い社長」として通っている。例えば、なかなか入居者が決まらない賃貸物件で行う「空室チェック」。社長自ら、担当者とともにその空室をまわる。

 「ライバル物件はいくらでやってるの?」「うちは5万で出してるけど、その価格で何人を案内した?」「5万をいくら下げたら入ると思う?」

 立て続けに質問をする。それに答えられなければ、容赦なく叱りつける。

 成績の良し悪しでなく、数字や状況を把握していないことを叱るのが渡邉社長のワザの一つ。成績を叱っても伸びないが、数字が把握できるようになれば次の手を打てるからだ。「叱るってことは、愛情と同義語だと思っています。気にかけているから叱る。愛情をかけて叱るから人も、数字も伸びる」

 ●チームプレーで叱る

 2006年4月に入社した草壁浩美さん(24)は、入社2年目になって叱られ始めた。

 草壁さんは入社1年目で新卒採用を担当。5人に内定を出した。内定者の面倒を見るのも草壁さんの役割だったが、アルバイト研修を休むのを認めるなど、甘やかしてしまった。翌年も08年入社組の採用を担当した。渡邉社長に叱られたのは、この年の内定を出した時だった。

 「おまえが新人の一生をフォローしないといけないんだ。甘やかしは、面倒を見てないのと一緒。去年も、もっとちゃんと指導してやれたんじゃないか」

 目線を合わせず、落ち着いた口調でそういわれた。草壁さんはこう振り返る。「自分でも何かが違うと思っていたのですが、社長に叱られて初めてどうすればいいかわかりました」

 渡邉社長が1年目の草壁さんを叱らなかったのは、役割分担を考えていたからという。いきなり社長が叱っては、ショックが大きい。だから、直属の上司に叱るのを任せていた。

 「上司が叱っているときは私はフォロー役。その逆もある。チームプレーでやらないと、効果は半減します」

 渡辺住研が扱う物件の空室率は、周辺の他社物件が15%程度のなか、いつもだいたい5%未満。渡邉社長の叱って育てる方針は、会社自体の成長にもつながっている。

 教育現場では体罰厳禁の「ほめて育てる」が当たり前になり、新入社員のストレス耐性は年々低下しているといわれる。職場で、怒鳴り声を聞くことはほとんどなくなった。だが、こんな時代だからこそ、「叱って育てる」効果を見直す必要がありそうだ。叱り上手たちが強調するのは、愛があるなら叱れ、ということ。

 ●叱らない上司は不親切

 渡邉社長が「師匠」とあおぐ「叱るプロ」がいる。オフィス用品レンタル「武蔵野」の小山昇社長(60)。『強い会社をつくりなさい』などの著書がある中小企業経営のカリスマだ。

 その小山社長の叱り方はいたってシンプル。もう四半世紀続けている「罰金制度」だ。遅刻は1分1千円、資料を準備し忘れたら100円−−。社員がミスをしたその場で徴収する。

 「私は『人』を叱りません。その人がした『こと』を、すぐにその場で叱ります。『こと』を直すには、経済的に損した痛みが一番わかりやすい」

 その場で罰金をとるから、当然、社員はみな人前で叱られることになる。だが、人前で叱られることで骨身にしみるし、ほかの社員は同じ間違いを繰り返さなくなる。

 小山社長がこんな制度を取り入れても恨みを買わないのは、一人ひとりをよく見ているからだ。社員との飲み会は年間80回以上。社員の恋愛事情までだいたい把握している。

 「社員に愛情をかけているから関心を持って見てあげられる。そうでなければ叱れない。叱らない上司や経営者がいるとしたら、それは不親切なだけです」

 経営者だけでなく、中間管理職にとっても叱る重要性は変わらない。だが立場上、経営者よりは少しハードルが高い。中間管理職に共通するのは、「叱る基準」の明確化だ。

 リクルートエージェントの事業企画グループがある東京・新霞が関ビルの13階フロア。その隅にある喫煙室は、岡田直隆グループマネジャー(32)がいると空気が凍りつく。

 いつも忙しい岡田さんをつかまえるのに一番手っ取り早いのが喫煙室。部下が資料などを携えて報告や相談にやってくるのだが、飛んで火にいる夏の虫、になる。

 「作ってくる資料がだいたい期待とかけ離れている。入社2年目なりにがんばった、とかは絶対にいわない。僕の目線で見て練れているかどうかです」

 ●叱ると怒るは大違い

 1年目の女性社員でも容赦はない。たばこをくわえながら相手を見つめ、

 「全然違うね。どこをゴールにやってる? やり直して」

 岡田さんが常に心がけているのは、個々人とチームそれぞれの目標をはっきりさせること。

 「これからの半年間で、これができるように成長してほしい」「いま僕らが目指している成果はこれだよ」

 そう率直に伝える。そのレベルに達していないから叱る。だから部下も納得できるし、ついていけば成長できると思える。

 「ゴールをはっきりさせて、その達成度で見ています。できていればほめますが、それはモチベーション向上のため。できていない時に徹底的に叱り、そうすれば行動が修正されて成長につながります」

 叱るのは喫煙室だけではない。気づいたとき、その場で叱る。地声が大きいので、フロア中に響きわたるが、感情的になることはない。あくまで冷静。

 「叱ると怒るは違いますから。上司は部下の成長にコミットしているのだから、きちんとダメな点を説明してあげることが大切。それが、叱るということだと思っています」

 40人以上の部下を持つ、インテリジェンスの小椋将樹マネジャー(32)は1日5回は叱り、うち1回は場を凍りつかせている。

 「若い部下が多いので結果は叱りません。プロセスを叱り、本人が育つ環境になるよう心がけています」

 小椋さんも気づいた時にその場で叱る。だからほとんどの場合、フロアの衆人環視のなかで叱ることになる。

 ●明確な叱られる理由

 そのためには、叱る理由をはっきりさせ、ほかの社員が聞いていても恥にはならないようにする必要がある。

 「最強組織の掟」

 そんな張り紙がオフィスの入り口にある。小椋さんが、絶対に守ってほしい4カ条を張り出しているのだ。健康管理、時間厳守、整理整頓、挨拶という基本的なことだが、まずはこれを徹底し、どれかに反したときに叱る。さらに毎日の朝礼で、

 「手段を選ばないのはかっこわるい。やせ我慢だけど、そういう仕事の仕方をしましょう」

 などと守ってほしい仕事のスタンスを日常的に浸透させている。だから、叱られる理由は明確になるし、叱られても仕方がないと思える。さらに若手の成長を確実なものにするため、叱った後はメールでフォローする。どうすればよかったのか、解決策が中心。部下の女性社員はこう話す。

 「叱った後に明るく接してくれて、フォローのメールもあるので不必要に落ち込みません」

 中間管理職を叱るにはどうするか。役員クラスの叱るプロを見てみると、「人を育てる」から「組織を育てる」に重きを置いているのがわかる。

 「何でできないんだ」

 「自ら決めたことはやりきれ」

 メルシャンワイン営業本部の会議では、中堅社員や幹部社員らがテーブルを囲むなか、植木宏常務(54)の鋭い声が響く。

 自分の考えを組織全体に浸透させるため、個別に叱ることはあまりない。会議というオープンな場で、シンプルな表現を使って叱る。

 ●幹部ほど「叱る」と効果

 植木常務は3月、キリンビールから出向してきた。スタイルはキリン時代から変わらない。

 ただ03年、キリンビール関信越地区本部長だったころに受けたコーチング研修で、一つ見直したことがある。自分の叱る姿をビデオに録画して見たところ、3分の2以上の時間、自分が一方的に話していた。

 「それなりにマネジメントをやってきたつもりだったのですが、あれでは自主性を引き出すことはできません」

 そこで、叱る際に聞き役に回る時間を多くした。「これをやれ」と結論をいいながら叱るのでなく、部下から「こういう考えで、これをやりたい」という発言を引き出す。それが達成できなければ、原因や理由を突き詰める。その繰り返しだ。

 次第に主体性が生まれてくる。「植木をギャフンといわせる会」なるものができ、実際に彼らが高い目標を立て、それを達成してきたこともあった。

 アサヒビール執行役員の平野伸一埼玉支社長(52)の場合は若手はほめ、幹部は叱る。

 「幹部クラスほど、叱って育てる方が効果的です。そもそも、ベテランになるとほめて育てるのも限界。ほめることがなくなってきますから」

 ただ、口頭で叱るだけでは、本当の成長には結びつかないし、組織も強くならない。そこで、叱る前にメールをするのが平野さんのやり方だ。

 ●叱って組織力アップ

 今年に入ってビール各社は、原材料高を受けて値上げを行っている。そこで起きたのが、値上げ前の駆け込み需要。その需要を埼玉支社は読み違えた。支社としては、値上げ前の2月の需要を前年同月比2割増程度と見ていたのが、先に値上げしたキリンが1月に同5割増という結果を残したのだ。2割増のつもりで準備していたら、品切れを起こすところだった。

 「我々自身の情報収集能力が著しく低下している」

 平野さんは、細かい数字をあげて、そんなふうに「叱りメール」を流した。その後に支社の全体会議を開き、改めて口頭で、「なんと情報収集能力が低いのか。危機管理意識が欠如している。得意先への情報収集をやり直しなさい」

 具体的な数字を事前に示しているから、叱る趣旨がより徹底され、次の行動につながる。

 「言葉だけでは100%は伝わらない。だから文書で、背景や数字を説明した上で叱る。必ず組織力につながります」

 リクルートで組織人事コンサルティングを手がけている太田芳徳コンサルティングディレクターはこう指摘している。

 「マネジメント側のメンタルが弱くなっているから、上手に叱れる人が減っている。しかし、組織には戦略があって、社員にはそれに沿った行動が求められる。それができない時は、できなかったことに対して叱ることが大切。戦略を遂行するのに、叱る要素は必須なのです」

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