2008年7月15日
人民正義党のメディア戦略を担ったティアン・チュア議員(左)。「作為的なことをやっても見抜かれるだけ」と話す=クアラルンプール、杉井写す
インタビューに答えるマハティール前首相=プトラジャヤ、杉井写す
■政権批判、注目集める
「我々はインターネットでの戦いに敗北した」。マレーシアの総選挙が終わって間もない3月下旬、アブドラ首相はある会合でこう語った。首相が率いる与党連合「国民戦線」は何とか政権を維持したものの、勝敗ラインとしていた定数の3分の2を割り込む歴史的な敗北を喫した。「我々は新聞やテレビのみを頼ったが、野党はサイバーメディアで有権者を引きつけた」
マレーシアの主要紙とテレビは、一部の中国語紙を除き与党所有か国営だ。「言論の自由」は憲法で保証されてはいるが、メディアは政府の認可制であり、政府の裁量でいつでも発行・放送の中止といった措置が取られる。
選挙期間中、主要メディアの政治記事は首相や与党幹部の関連が大半を占め、野党への批判はあっても、その政策や主張が取り上げられることはなかった。
そんなメディアを敬遠する若者たちが愛読するのはインターネット新聞やニュースブログだ。人気で1、2位を争うニュースブログを運営するアヒルディンさん(47)。有力英字紙「ニュー・ストレーツ・タイムズ」の記者だった。姉妹紙の編集長だった04年、アブドラ首相の意を受けた上司から編集内容に介入されるようになった。「少しでも首相や政府に批判的な内容だと『首相はこの記事は好まない』と不掲載にするよう指示してきた」。対立の末、06年に退社し、ブログを立ち上げた。
「大手病院グループの不透明な売却劇に首相の親族が関与」「首相が外遊先を突然変更してトルコを訪れ、豪華ヨットの購入を検討」。新聞では報道できなかった記事を次々に掲載し注目を集めた。
アヒルディンさんは古巣から記事盗用などで訴えられている。「裏を取っているから心配していない。彼らが書けない以上、ネットで暴くだけだ。流れは止められない」
マレーシアのインターネットはマハティール前首相時代の98年に通信・マルチメディア法が制定されて本格的に普及。当時120万人程度だった利用者は07年には1600万人へと急増し、国民の6割が利用するまでになった。
こうした新たなメディアを使いこなしたのが野党陣営だった。総選挙を間近に控えた2月下旬、クアラルンプールの団地内の広場で野党の人民正義党の事実上の指導者、アンワル元副首相(60)が人々に語りかけた。「閣議では誰も発言しないそうだ。なぜなら首相本人が居眠りをしているから」。冗談を交えた巧みな演説にドッと笑いが起こる。場所や時間は前日に発表されたにもかかわらず、1千人を超える人々が集まった。
仕事を抜け出してきたという弁護士のハズミさん(45)は携帯メールで演説を知った。「彼の遊説日程は新聞もテレビも報じないから、仲間と携帯やメールで情報を交換する。後で演説の内容をみんなにメールで知らせるんだ」
■与党メディア、危機感
「BN(国民戦線の略称)は(マレー語で)モノが上がる、大幅に上がる、いつか上がるの略だ」。首相や与党を皮肉った数々のメールも即座に有権者に広まった。通信・マルチメディア法は、政府はネット上の言論は検閲をしないと定める。「検閲のない自由な空間は、政府への不満を表明する格好の場」(25歳のエンジニア)となった。
人民正義党のメディア戦略を担ったティアン・チュア議員(44)が話す。「我々にはカネもテレビも新聞もない。公約をホームページやメールで訴えるしかなかった。後は彼らがネットで広めてくれた」
与党敗北の象徴とされたのが、ネットやブログを「落書き」などと馬鹿にする発言を繰り返したザイヌディン情報相の落選だった。一方、野党陣営ではIT起業家や著名ブロガーの新人らが当選した。
選挙結果を受けて、政府や既存メディアもサイバーメディアに対する姿勢を変えつつある。新たに就任したアフマド情報相は「ブログなどのメディアは国づくりでも一定の役割を果たす」と述べ、ブロガーらとの対話の場を設ける考えを示した。
与党系の有力英字紙「スター」のウォン・サイワン副編集長(46)は「今までの報道は確かに与党偏重だった。野党が弱かったからだが、今後は公平にバランスを取る必要がある」と認める。総選挙後、野党の動向も積極的に報道するようにした結果、部数も1割伸びたという。
携帯メールでのニュース提供など発信力の強化も図る。「内容はもちろん、伝える手段も多様化する必要がある。紙だけでは、もう生き残れない」(クアラルンプール=杉井昭仁)=おわり
◇「好ましくない意見も許容を」ブログを始めたマハティール前首相
――5月からブログ(www.chedet.com)を始めた理由は。
首相退任後、今の政府が私の発言を報道しないよう新聞などに指示したため、自分の意見を公にできなかったからだ。ブログなら言いたいことを発言できる。訪問者も300万人を超え、反応は上々だ。
――首相時代、ネット上で検閲はしないと表明しました。
新聞やテレビが報じないことでも、人々が言いたいことを自由に発言できることが必要と考えたからだ。政府も人々が何を考えているかを知ることができる。しかし責任も伴う。人々は事実に基づいて発言するべきだ。
――一方で、新聞やテレビの報道を厳しく統制したのはなぜですか。
当時、国民の大半は新聞やテレビから情報を得ていた。社会の安定を損なわないために、新聞やテレビには事実に基づいて報道するよう求めただけだ。だが、時代は変わった。既存メディアが政府に都合のよい報道しかしなかった以上、人々がネットに情報を求めたのは必然だった。政府や既存メディアは、好ましくない意見も許容することを学ぶ必要がある。