オルセー美術館のティエボー学芸部長。左はルソーの皿、右は広重「魚づくし 鯉」
日本の北斎や広重の版画を使った食器が、19世紀後半からフランスで大量に作られていた。パリのオルセー美術館が所蔵するそれらの陶器と、元となった版画などを並べて見せる「フランスが夢見た日本 陶器に写した北斎、広重」展が、東京・上野の東京国立博物館表慶館で開催中だ。(古賀太)
展示される食器は、2系統。まずは、陶器製造などを手がけた実業家フランソワウジェーヌ・ルソーが1860年代から量産したもの。版画家フェリックス・ブラックモンに頼んで北斎や広重の動植物や魚の版画から選んでデッサンしてもらい、陶器に刷って色づけした。量産可能で中産階級にも手が届く値段だったためヒット商品となり、1930年代まで生産された。
もう一つは、1870年代から、装飾画家アンリ・ランベールが手描きで彩色したもの。北斎や広重の浮世絵を多色で描き、繊細な高級品として知られた。数セットしか現存せず、オルセー美術館が最近購入した1セットが展示されている。
オルセー美術館のフィリップ・ティエボー学芸部長は言う。「ルソーの食器が70年間もフランスの家庭で使われたことは、いかにジャポニスム(日本趣味)が浸透していたかを示すもの。動物1点を中心に植物2点を組み合わせて余白を残すという日本の美学を取り入れているけれど、よく見ると広重の別の絵から鯉(こい)と朝顔を取り出すなど、全く自由な発想でした」
元となった絵を探した国立歴史民俗博物館の大久保純一教授は「広重の五十三次をトリミングするのに、富士山を省いたものが多い。フジヤマ、ゲイシャはまだ広まっていなかったようです」と、12日のシンポジウムで、意外な話を披露した。
三浦篤・東大教授は「フランスの芸術家が、単なる模倣ではなく、自らの価値によって取捨選択し、自分流に変えていったことが重要だ」と語った。
8月3日まで、月曜休み。(21日開館、22日休み)