モホリ・ナギのバランス研究の授業から生まれた学生の作品。奥にはカンディンスキーの色彩論の授業で作られた作品などが並ぶ
バウハウスからはマルセル・ブロイヤーのイス(手前)などが生まれた
近代デザインの話題になると、必ずといっていいほど登場する「バウハウス」。20世紀前半のドイツに登場した造形学校だが、神話化されがちな面もある。東京・上野の東京芸大・大学美術館の「バウハウス・デッサウ展」は、そんなバウハウスの一端を解きほぐしてくれる。(大西若人)
■充実の基礎教育随所に
グロピウス、クレー、カンディンスキー、ブロイヤー。バウハウスといえば、まず華麗な教官陣の名が浮かぶ。しかし展覧会は、ずいぶん地味な始まり方をする。
第1部では「アーツ・アンド・クラフツ運動」「ロシア構成主義」といった20世紀初頭のデザイン運動を紹介し、そこにバウハウスも位置づける。突然現れた奇跡ではなく、いわば必然の存在として。
バウハウスは1919年、建築家W・グロピウスを校長にワイマールに誕生したが、予算の大幅削減で25年にデッサウ市に移転。ナチスが力を増した32年にはベルリンに移り、33年に解散している。教育方針は変化したが、基本的に、芸術とデザイン、技術の総合化を目指した。
今回の展覧会は、充実していたとされながら紹介の遅れていた、デッサウ期の作品が中心。第2部でその活動が紹介されるが、クレーやカンディンスキーの作品はほとんどないかわり、彼らの演習で学生が制作した作品が並ぶ。
これが実に、基礎的、原理的で地味。でもそれが逆に、興味深い。色彩論や形態論を担当したカンディンスキーの演習では、地道に色の比較を続けるカラーチャートのような作品が目立つ。自身の躍動感のある作風とは対照的だ。
造形でも、ヨーゼフ・アルバースの演習では、折り紙のような構造模型が並ぶし、モホリ・ナギの授業からは、モノのバランスを確かめるような知的な立体が生まれている。
企画者の一人の薩摩雅登・東京芸大教授は、「バウハウスは、日本では建築と家具のデザインの印象が強いが、もっと多岐にわたる実験工房の性格が強かった。名前だけですごいと思いがちな面もあるので、学生の作品を多くした」と話す。
第3部で、バウハウスの最終目標だった建築に関する活動を紹介。グロピウスが設計した校舎の校長室も、実物大で再現されている。
展覧会を見たデザイン評論家の柏木博・武蔵野美術大教授も「デッサウ期は、抽象性と機能主義の両立を目指すなど、画期的な時代。これまで見たことのない作品も多く、興味深い」と話していた。
◇21日まで。浜松市美術館、新潟市新津美術館、宇都宮美術館に巡回。