2008年7月18日
我が街のトヨタ・セールスマンたちとアイゴ
シトロエンC1(Citroen Communication提供)
C1のダッシュボード(Citroen Communication提供)プジョー107
BYD F1 (BYD Auto提供)
■そそられる「地域限定」もの
1966年生まれのボクが子供時代のことである。お盆の時期、住んでいた東京から父の郷里に行くと、「頭脳パン」という看板が掛かった商店があったものだ。
「頭脳パン」とは、脳が活発になるとされるビタミンB1を多く含んだパンのことで、筆者よりもう少し前の時代に流行ったものである。近年のレトロブームで復刻されたりしたので、聞き覚えのある読者も多いと思う。
当時東京では全盛期を過ぎていたものの、地方では継続生産されていたのだろう。しかし、幼少期のボクはそんなことも知らず、頭脳パンが食べたかった。
親が無関心で買ってくれなかったということに加え「東京では売っていない」というその地域限定性に、あくなき好奇心を抱いたのである。
あのとき頭脳パンを食べていれば今日もっと記憶力が向上していて、127、128、132といった往年のフィアットや、増え続けるSLK、CLSといったメルセデス・ベンツのモデル名にびびらないかと思うと、悔しくてならない。
■チェコ製3姉妹
といっても、今回のお題は頭脳パンではない。
欧州で売れている3姉妹車のお話である。その名は「トヨタ・アイゴ」「シトロエンC1」そして「プジョー107」という。
いずれも各ブランドで入門モデルとして位置づけられているコンパクトカーだ。3ドアと5ドアがあって、エンジンはガソリンが1リッター、ターボディーゼルが1.4リッターである。
生産は、チェコ共和国コリンにあるトヨタとPSAプジョー−シトロエンによる合弁工場で行なわれている。
2005年のデビュー時、ボクはこの3姉妹が欧州市場向けで日本には導入されないことを知った。
冒頭のように、「地域限定もの」に惹かれやすいボクである。「自動車界の頭脳パン」と勝手に名づけたボクは、さっそくシトロエン版であるC1を見に行った。
スタイリングは一見、日本の小型車を想起させる可愛いものだ。いっぽうでタイアを四隅に置き、しっかりフェンダーアーチで踏ん張り感を出している。欧州における自動車デザインの「つぼ」を押さえている。
赤いボディカラーはロッソ・アモーレ(愛の赤)と名づけられていた。にくいネーミングだ。
しかし、グラスハッチを開けてみると、ラゲッジスペースがかなり小さめだった。
モーターショーで某有名カロッツェリアのデザイナーが「斬新だ」絶賛していた上下スライド式の空調調整ノブも、走行中目を落とさずに切り替えるのは、かなり難しい。
そもそも8500ユーロという激安価格が売りのベースモデルは、たとえオプションでもエアコンを装着できないことが判明した。プジョー版の107も同じだった。
仕方ないので、その上のグレードで何だかんだオプションを付けて見積もりをとると、あっという間に1万2千ユーロを超えてしまった。
そんなこんなで泣く泣くショールームから撤退してきたのを覚えている。
さらに後日、知り合いのシトロエンの技術者が、「あれは真のシトロエンではない。トヨタである!」と言った。日頃は温厚な彼がそのときばかりは声を荒げたこともあって、これまた複雑な気持ちになった。
■イタリアではトップ3に
ところがこの3姉妹、まもなくフランスやイタリアで人気が出始めた。
イタリアでは2006年12月、トヨタ版のアイゴが登録ランキングの5位に入った。手元にある最新の数字である今年5月の登録でも、3姉妹合計で約6200台が売れている。その数は同じカテゴリーのフィアット・パンダ、同500に次ぐものだ。
そういえば以前本欄で日産アルメーラのオーナーとして紹介した若者も、母親がアイゴを購入した。
イタリアはEU圏内における乗用車保有台数はドイツに次ぐ2位。人口1000人あたりの保有台数は堂々1位である。2台、3台と所有する家庭が多いのである。
3姉妹のラゲッジスペースは、我が家のようにそれ1台で済ませようと頑張るユーザーにはきつい。だが、セカンドカー、サードカーとして使うユーザーにとっては、さして困らないようだ。
エアコンも、そのような使い方においては必ずしも全ユーザーが必須ではなかったに違いない。事実イタリアではいまだ「冷房の風は体に悪い」として、たとえ装着車でもウィンドーを開けて走る人は意外に多い。
なお、C1やプジョーは後日、最低グレードでもエアコンが選択できるようになった。
本稿を書いていた途中の7月9日には、J.D.パワー社によるフランスの顧客満足度調査で、シトロエンC1がベーシックカー部門でルノー・トゥインゴを抑えトップとなった。
加えて最近ヨーロッパでは、中国のBYD社が発表したコンパクトカー『F1』が、明らかに3姉妹を意識したと思われるデザインであることが大きな話題となった。曲がりくねった言い方ではあるが、これもオリジナルのヒットゆえだろう。
アイゴ、C1、107の3姉妹は、かくも偉大な地域限定モデルなのである。
■こんな楽しみも
ところでこうした日本市場未導入モデルは、日本で「何に乗っていらっしゃいますか?」と聞かれて答えたとき、相手が怪訝な顔をするのが楽しい。
以前ボクがフィアットの日本未導入車「ブラーヴァ」に乗っていたときがそうだったから、本当である。
同時に、「5シリーズは3シリーズより上だ」といった、頭でっかちなグレード談義から逃避できる気楽さもいい。
地域限定ものには、こんな隠れた楽しみがある。
蛇足ながらトヨタ版のアイゴはAYGOと書く。「I go」をモディファイした造語とのことだ。「愛護」ではない。

歌うようにイタリアを語り、イタリアのクルマを熱く伝えるコラムニスト。1966年、東京生まれ、国立音大卒(バイオリン専攻)。二玄社「SUPER CAR GRAPHIC」編集記者を経て、96年独立、トスカーナに渡る。自動車雑誌やWebサイトのほか、テレビ・ラジオで活躍中。
主な著書に『イタリア式クルマ生活術』、『カンティーナを巡る冒険旅行』、訳書に『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(いずれも光人社)。最新刊は、『Hotするイタリア―イタリアでは30万円で別荘が持てるって?』(二玄社)。